![]() なぜこの3人がここにいるのか MIMITTOが産声を上げた2002年という時期は、音楽シーンの状況も社会の様子も、大きな変化へと動き出した初期にあたると思います。いろいろなものが予想と違う方向へ頭を振り、底を打ったと思われた最底辺がさらに沈下する、そんな変化のはじまりにあったのです。 誰もが自分の創作物を簡単に録音、複製できて、簡単に商品にして流通に乗せられる仕組みは、表現者にとって幸福な状況を生むと思われていました。我々もそう考えていました。 けれど、日本の社会の他の事象と同じく、そこからも本質が抜け落ちてしまったこの便利な仕組みは、簡便であるという部分だけが機能して、表現の根本であるモチベーションやアイディアの充実には至りませんでした。 |
「売れる」ことに殺到する価値観が大勢を占めるこの国では、その仕組みの本来の意味に思いを馳せることなく、それを使うことばかりに長けて行ったのです。結局、表現者の環境を豊かにする可能性のあったこの仕組みは、何の審美基準も持たない制作意図によって「安価に量産できる」という意味に変換され、表現者たちのアイディアは驚くべきスピードで消費されて粗鬆になってしまいました。20世紀末期の日本のロックに最大の不幸をもたらした「バンドブーム」の更に劣化した現象があちこちで雪崩を打ち、音楽の価値は限りなくゼロに近づいています。 MIMITTOが生まれたのはその狭間でした。幸いなことに彼らはバンドブームを知りません。そしてインディーズブームが到来する直前の、いろいろなフォーマットの音楽が百花繚乱し始めていた時期に生まれているのです。そのためか、彼らは音楽に対する偏見や歴史的な知識を持っていません。自由自在に様々なフォーマットを、単に自分の受容性だけで受取ることができます。 最初から彼らは「誰もやっていないことをやろう」という表現者としての野心を持っていました。パワーコードと簡単な旋律だけの中でも、その片鱗は明らかでした。 歌う言葉もステロタイプな文句を繰返し唱える凡百のポップ作品とは違っていました。覚束なかろうと言葉が足りなかろうと、あくまでも自分が肌で感じたことを自分の言葉で、しかも、安易に共感を求めるのではない、普遍的な描き方で表現するのです。彼らの歌の中には、21世紀に20代を迎えた世代特有の、絶望的に出口の無い不安感と、その中から闇雲に突き抜けようとする力強い意志が宿っています。 だから、この3人はここにいるのだと思います。自分たちが成功して何者かになれるのか、存在意義を得られるのか皆目わからない不安の中で、あちこち飛び回り、のたうち回りながら、彼らはけして音楽をやめません。音楽それ自体、彼らが生きている素朴な実感であり音楽を選択し続ける理由だからです。そして、それゆえ我々はMIMITTOを信頼できる表現者として支持し続けているのです。 |
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京都発、現代文芸ロック。 豊かな音楽の発祥地・京都の最深到達点。 ポップとアバンギャルド、頭脳と肉体、音楽と言葉、 すべての要素が見事な均衡で成立している奇跡の4人組。 2002年結成。くるり、キセルに続く京都発ロックバンドとしてブレークの期待が高い。自分たちの音楽表現に留まらず、毎年秋に京都大学西部講堂で行なわれる関西随一のイベント「ボロフェスタ」を主催したり、秀逸なフリーペーパー「SCRAP」を定期刊行するなど、関西のサブカルチャー&アートシーンに大きな存在感を示している。 ネーブルファクトリーワークスでは、2004年3月の初出作品ミニアルバム「消えた3ページ」から「透明ランナー」「まぼろしコントロール」の3作に関わるA&Rとマネージメントを担当しました。 |